各論
市民参加
■ 健全な市民参加を可能にするため、徹底した情報公開と説明責任を求めます。取捨選択された情報を開示するのではなく、積極的な情報公開を行う仕組みを作ります。
■ パトロール強化、防犯、防災ボランティアを積極支援。暗い道が見通し良くなるような、安心して住める街づくりを行います。
学校改革
■ 元教師の経験を生かして、開かれた学校づくり(コミュニティースクール等)を行います。地域の大人達が参加する学校は子供達にとっても必ず有益です。
■ 充実した奨学金制度、教師の拡充を行います。スタートラインでの格差は絶対に許しません。
福祉充実
■ 失われ行く行政サービスを補うための地域相互扶助を促進。
■ 福祉施設の利用者によるインターネット等を用いた情報発信システムの整備。街単位の情報公開サービス.。
なぜ今、強力な地域社会が必要なのか!?
「格差」が昨今、大きな社会問題となっています。格差がおこった原因は後ほど述べます。私は「格差問題」が今後の地方のあり方を語る上で重要になると考えております。
総論
1.格差がおこった背景
近代社会は都市部に労働力を集約して、労働の効率化を図った時代でした。しかしながら、80年代以降、急速にITが普及してきます。産業はどんどんソフトウェア化していき、コンピューターの単価も下がり、性能は飛躍的に上がってきました。さらに、ブラジルや中国といった国々が台頭してきて、世界に価格競争の波が押し寄せます。
価格競争に晒された日本や先進国の企業は、事務職(中流層)を大量に解雇して、コンピューターを導入しました。結果、資本家は中間層に支払っていた人件費を大幅に抑えることが出来、多額の利益を得るようになりました。コンピューター操作や、物理的なマンパワー必要とするところだけ人を雇えばいいのです。ここに、中流層がすっぽりと抜け落ちた昨今の格差社会の構図が出来上がりました。小泉政権はこの流れに拍車をかけたといえるでしょう。
2.地方に人材が集まる
もはや、都市部はIT化により、大量の労働力を必要としなくなった。まだ、都市に住むことに価値があるような風潮は残り、都市部に人が集まっていますが、労働力を必要としない都市に人が集まる必要性はありません。これからの時代は「地方に人材が戻ってくる」そういう時代になるはずです。
また、地方は多くの定年退職者の方々が、生活する場所にもなるのです。
3.地方は寝に帰ってくるだけの場所じゃない!
では、生活の基盤となる地方、地元に今後必要となってくるものはなんでしょうか? 私は強力な地域力ではないかと考えております。少子化によって、税収は減る一方です。税収が減れば、従来どおりの行政サービスを受けることは難しくなります。行政サービスが失われていく中、我々は文化水準や豊かさ、満足感や幸福感を維持していくにはどうしたらいいのか、もっとよくするためにはどうしたらいいのか。私は「地域住民による相互扶助」が重要になってくると考えます。失われゆく行政サービスを、住民同士、お互いが出来ることをお互いのためになす、新しい時代の「行政サービスに変わる公共サービスの姿」ではないでしょうか。
4.鎌ヶ谷フィルハーモニック管弦楽団の無料演奏会
先日、行われた鎌ヶ谷フィルハーモニック管弦楽団の無料演奏会などは、上記に述べた住民による住民のための公共サービスの適例です。少子化により税収が減れば、真っ先に削られるのは文化的な事業費です。音楽に限らず、行政の保護が受けにくい芸術活動、文化的豊かさを保つのは、住民による相互扶助が不可欠となります。
5.相互扶助、地域力をつけるために必要なもの
あらゆる共同体は全て観念の産物です。家族から人類という共同体、仲間意識のようなものは観念が生み出した空想の価値(厳密に言うと価値は全て空想ですが)です。例えば、私たちがオリンピックやワールドカップで日本を応援する理由は、我々が日本人であるという観念を持っているからに他なりません。選手がメダルを一個や二個取ったところで、生活が豊になるわけではありません。しかし、勝てば喜び、負ければ残念に思うのは、観念があればこそです。
私は21世紀の地域社会において、この観念が非常に重要となってくると考えます。来るべき地域格差問題を乗り切るためにも、「観念」の扱いはおろそかには出来ません。
6.なぜ、観念が大切なのか?
地域間に強力な観念の共有があれば、地域格差等の、国や県から受ける不条理をはね除けていくことが可能となるわけです。三軒向こうの人が受けた不条理を、自分のこととして受け止めて、この地域全体が「より良きこと」の為に立ち上がる、団結が可能となります。そういった強力な地域間の共有された価値があればこそ、民主党が推奨しているコミュニティスクール構想等も威力を発揮できるのではないでしょうか。コミュニティスクールとは、地域住民が、地域を住みやすい、良い環境にしていくために、地元の教育の現場から変えていこうとするものです。東北には東北の良き伝統があり、沖縄には沖縄の良き伝統がある。もちろん、鎌ヶ谷には我々の価値観が存在し、良き伝統があります。そういったものを国や県という大きな単位は理解できません。だから、地元の人間が教育に参加し運営していく必要がある、それがコミュニティスクール構想です。しかし、コミュニティスクール構想一つとっても、「地域である」という観念が育たなければ、骨抜きになってしまいます。
7.観念を育むために
観念の生まれる契機は伝統と象徴です。なにか共有できる、この街ならではのイメージ、そういったものを主体的に作り上げて行く必要があります。例えば、NPO法人KAOの会の活動などはイメージを作り上げるのに一役買っていると思います。鎌ヶ谷特有の街の景観を作り上げるということは、鎌ヶ谷に住んでいるという意識を生み出すことに繋がります。こういった活動は推進されるべきではないでしょうか。
昔の共同体が失われかけているからこそ、共同体の良き部分を選択し採用する。私は「昔に戻せ」などと言っているのではありません。人間が過去のように群れを必要としなくなったのは一つの前進と考えています。敢えて共同体を肯定するのは、失われゆく行政サービスを地域の力で補い、暮らしがより豊で実りあるものとなり、不条理を団結してはね除けられる、共同体というものを選択して、より人生を豊にしようではないかと主張するものです。2000地方分権一括法等で下地は出来ております。鎌ヶ谷はもっとよくなるはずです!